こんにちは、ユーキです。
日本100名城に登録されている川越城の基本情報をまとめました。
基本情報を押さえて、充実した訪問にしましょう。
基本情報
押さえておきたい基本情報をコンパクトにまとめました。
所在地
埼玉県川越市
初代城主(最初に建てた人)
太田道真(おおたどうしん)・太田道灌(おおたどうかん)親子
来歴
1457年(長禄元年)に扇谷上杉氏の家臣である太田道真・太田道灌父子によって築かれました。
1537年(天文6年)に北条氏綱(うじつな)によって攻め落とされ、北条家に支配されることになりました。
1590年(天正18年)、豊臣秀吉の小田原征伐の際に、前田利家(としいえ)の攻撃を受けて落城し、川越は徳川家康の領地となります。
以後、代々徳川氏譜代の家臣が城主となります。
1639年(寛永16年)、松平信綱(まつだいらのぶつな)が川越城に入城し、のちに「小江戸(こえど)」と呼ばれる城下町の基礎を築きます。
1868年(明治元年)に明治政府が成立し、城の堀が埋められました。
1869年(明治2年)には城の取り壊しが開始され、本丸を残し、ほとんどの建物がなくなりました。本丸だけは県庁舎として利用する目的で残され、東日本で本丸御殿が残っている唯一の城となりました。
1924年(大正13年)に埼玉県指定史跡に指定され、残存していた本丸御殿は県指定有形文化財となりました。
見どころ
川越城の見どころをまとめました。見たいところを事前にピックアップしておき、時間を有効に活用してください。
重要文化財
川越城の建造物で、国の重要文化財に指定されている建造物はありません。
川越城本丸御殿
1848年(嘉永元年)に、松平斉典によって再建されたもので、現存するのは玄関・大広間と移築復元された家老詰所のみです。
本丸御殿が現存するのは、川越城と高知城の2つしかなく、大変貴重です。
富士見櫓跡
天守閣がない川越城の代用として、高台に建てられた三重櫓の跡地になります。
建物は残っておらず、何もありませんが、高台は階段が整備されており、上部へ上ることができます。
川越城の数少ない遺構の1つになります。
まとめ
川越城の基本情報をまとめました。
- 太田道真・太田道灌父子によって築かれた
- 東日本では唯一の本丸御殿
- 天守の代わりとなった富士見櫓跡
訪問の参考になれば、幸いです。
